情報システムで海ごみ問題を解決 海が青色に変わる日
Interview report from 沖縄 琉球大学工学部工学科
海底に沈んでいるもの、海面や海中に漂っているもの、浜辺に漂着するものに大別される海ごみ。唯一目視で確認できるのが漂着ごみなのですが、実態は正確に把握できていません。削減抑制には急務といわれる海ごみの数値化に取り組む、琉球大学工学部からのプロジェクトレポートです。

海ごみを観測。産学連携のクリーンアップイノベーション
日本の浜に流れ着く海ごみの回収と処理は、市区町村の管轄下で行われています。各自治体はその予算割りに、いつどこから、どのくらいの量の海ごみが漂着するのか、状況を把握する必要があります。琉球大学工学部工学科の姜 東植准教授は、海ごみの観測結果を可視化して漂着予測をするシステムの開発および画像データセットの構築に取り組んできました。
姜先生の指導のもと、このシステム構築に携わる知能情報コースの学生は8名。糸数神楽さんは、琉球大が国際貢献できる高度な専門技術者を育成するために始めたグローバル・エンジニアプログラムにも選抜された将来有望な3年生です。この実証実験には授業の一貫として参加しています。
「環境問題には子どもの頃から何となく関心を持っていました。遊びに行く海がきれいかどうかは、沖縄の子たちにとっては日常的な話題です。生活排水が直接流れこむ泳げない海があることも、定期的に地域で行っている川の清掃活動も、実体験だからこそ、今こういう時代になって、SDG‘sに対する深い理解につながったんです」

定点観測器の画像を解析。海ごみの正体を探り当てる!
知能情報コースの学生たちを率いる姜先生の故郷は、韓国随一の水産市場がある港町、統營。プロジェクトが始まる前から、海には特別な思いを抱いていたようです。
「韓国も日本と同じように海ごみに悩まされているので、かなり前から様々な取り組みがなされています。たとえば、リゾートアイランドの済州島ではビーチにごみ箱が設置され、ポイ捨てで海岸に散乱するごみが激減しました。日本では、海岸のごみ箱がさらなるごみを呼び込むと、設置反対の声も多いと聞きますが、モラルを啓蒙しても、ごみは出る。それをどうするか? 情報システムを活用することで、何とかできないかと考えたわけです」
海に囲まれた沖縄は年間を通して大量の海ごみが沿岸部に漂着しますが、特に多いのは北風が吹く1月と2月。翌月は年度末にあたるため、海ごみを回収処理する自治体の予算組みの概算が間に合わないという問題があります。
「自治体職員の海岸清掃による大まかな把握ではなく、海ごみの観測結果に基づく信頼性の高いデータがあれば、予算が組みやすい。そこで、太陽光発電で稼働するkakaxiと呼ばれるモニタリングデバイスを沿岸部に設置し、カメラが捉えた海ごみの画像を解析。季節ごとにどれだけの量が漂着するか、予測可能なデータシステムを構築しているのです」
学生たちは日々、kakaxiからパソコンに送信される撮影画像をチェック。そこに映し出された海ごみの一つひとつを拡大し、プラスチック、ペットボトル、発砲スチロール、ガラス金属、流木、漁業ブイとその他の7種類に分別しています。
「ほとんどの海ごみは、波に揉まれて大破したものや欠片の一部しか残っていないようなものばかりなので、それがもともと何だったのか、地球上に存在する膨大な物の中から探り当てなければなりません。モニター状で判別できない場合は目視で確かめるために、海岸まで足を運ぶこともたびたび。学生たちにとっては、気の遠くなるような地道な作業です。人間が引き起こす海ごみ問題を解決していくためには、資金と支援、時間も必要。続けなければ、何も変えられない。プロジェクトはまだスタートしたばかりなのです。目指すゴールは、海ごみを解析、集積した機械学習向け画像データセットを作り上げ、オープンソースとして公開すること。それが世界中で汎用されるようになれば、海は変わる。そう信じています」

うるま市に設置されたモニタリングデバイス、kakaxi。沖縄県内には現在、南城市、国頭郡も含む計3箇所に設置。漂着する海ごみをカメラで定点観測した画像をリアルタイムで琉球大学のパソコンに送信している。

インド、日本、世界へ。気づきから生まれた未来への希望。
マスターエンジニアとしてチームを率いるアンシカ・カンカネさんは、インドからの留学生。来日してすぐに、姜先生のプロジェクトに参加しました。
「インドにいた頃は沖縄のようなきれいな海を見たことがなかったんです。サイトでよく見るオーシャンブルーはデジタル加工されていると思っていたのに「インドにいた頃は沖縄のようなきれいな海を見たことがなかったんです。ウェブサイトでよく見る海の青さはデジタル処理されたものだと思っていたので、実際に見た時は驚きました。私の国では、海水の汚染がひどいんです。人間が出すごみが海の水にどんな影響を与えているかを理解したことが、このプロジェクトに参加する動機になりました。みなさんもよくご存知のガンジスなどのインドの川は、実はごみ回収のクリーンアップをかなり昔から行っています。でも、大多数のインド人にとって、川は宗教的な意味合いを持つ神聖な場でもあるので、ごみ問題は表に出しにくく、政府も強く言いづらい。ガンジスは特に大きな川なので、流れてくるごみも大量ですし、市民が「もう川を汚さない」という責任感を持たない限り、清掃活動だけでは汚染は改善されません。その汚れた大河がそのまま海に流れ込んでいるわけですから、インドだけの問題ではないのですが」
アンシカさんは姜先生の指導のもと、2021年8月に漂着ごみの検出に関する学術論文を書き上げました。琉球大学での自ら活動を通して、海ごみ問題を世界に訴えることで、注意喚起したいという思いもあったようです。
「インドはデジタル化が進んでいて、社会全般に広く浸透しています。私の両親は60代ですが、買い物はいつもオンライン。テクノロジーのトレンドが変化し、人々が簡単かつ快適に利用できるように社会が進化しているからです。IT市場は日本よりはるかに進んでいるといえますね。でも一方で、環境に対する意識はまだまだ低い。インドでは、ごみを捨てる時の分別が2種類しかなくて、生ごみは、ウエット。それ以外は全部、ドライという分け方なんです。だから、日本に来たばかりの頃は、ごみ分別の種類の多さに驚きました。ペットボトル、ガラス、缶などの分別方法と出すタイミングを覚えるまでに時間がかかりましたが、この面倒なことを日本人は負担だと思わず、常識として行い、市民の責任だと感じている。その差に気づいて、愕然としましたね」
アンシカさんは修士課程を修了し、日本で実務経験を積んだ後、将来的にはインドに戻ることを考えているようです。
「学んだことをインドに持ち帰って、美しいガンジス川と青い海を取り戻したいんです」

社会に貢献するために学生たちを育て、世に送り出す。彼らは希望の星です。ともに心血を注げる課題に巡り合えたことは、研究者としての幸運です。

琉球大学工学部工学科
准教授 姜 東植
私の名前の“ANSHIKA”は“small part of a big thing”。“大きなことの、ほんの一部”という意味なんです。両親が願ったように、私も毎日小さなことを積み重ねることで、大きなことを成し遂げるお手伝いができればと思っています。

琉球大学工学部工学科
アンシカ・カンカネ
遊び場だった沖縄の海が、たくさんの思い出をくれました。 学び場になった今は、多くのことを気づかせてくれます。 未来にきれいな海を残したい。そういう気持ちを世界中の 人たちと分かち合いたい。海はみんなの宝ものだから。

琉球大学工学部工学科
糸数神楽
Text by Hisako Iijima