海と向き合い、人を育てる 加茂水族館の挑戦
Interview report from 山形・鶴岡 鶴岡市立加茂水族館 館長 奥泉和也
観光促進と教育の両面で地域に根ざす水族館。その裏側には、海と隣り合わせの環境で日々様々な問題に直面し続けるスタッフたちの幾多のドラマがあります。私たち人間は海から何を学び、これまでの行いをどう正すべきなのか? 60種類以上のクラゲの展示で世界的に知られる山形県の鶴岡市立加茂水族館・館長、奥泉和也さんにインタビューしました。

弱小水族館の粘りの逆転劇
開業は1930年。その長い歴史の中で、何度も存続が危ぶまれるほどの経営危機に陥った加茂水族館。起死回生の転機となったのは、小さな水槽で偶然発見されたクラゲの一群でした。その展示が好評を博し、一時は9万人まで落ち込んだ年間入館数が60万人以上に。リニューアルした現在は「クラゲドリーム館」の名で愛され、世界でも知られる存在になりました。決して諦めない粘りの手腕で見事な復活を遂げた立役者が、奥泉和也館長です。
「私が就職した頃の加茂水族館は、飼育係がたったの3人。アシカショーのスタッフとして雇われたのですが、人手が足りず、駐車場の整備やチケットのもぎりまでひと通りやらなければならない状況でした。地元客は1回来たら10年来ないというのが水族館の通説ですから、飽きられないようにとテーマを決めて特別展を始めたのですが、予算もなく、やれることも限られていて。水槽に入っている魚も地元の熱帯魚屋さんの方が種類が多いくらいで、5年続けても、お客さんは一向に増えなかったんです。そしてある朝、いつものように見回りをしていたら、1mもないような小さな水槽の中に4cmぐらいの得体の知れない生き物が30匹ほど、泳いでいるのを発見しました。他の水族館に問い合わせたら、サカサクラゲだということが判明しまして。展示していたサンゴの根っこに偶然、クラゲのポリプが付着していて増えたようなんです。飼育してみると面白いし、繁殖させて増やせるし、元手もかからない。展示したら、お客さんも喜んでくれるので、これは最強の生き物じゃないか!と。その時はただ必死で、クラゲが大人気になるなんて、夢にも思っていなかったんですよ」


逆境が気づかせてくれたこと

加茂水族館のクラゲの水槽はすべて、奥泉館長が設計したものです。経験に基づくそのノウハウは、国内外の水族館に無償で情報提供され、飼育法についても世界中の研究者から称賛されています。しかし、成功の鍵はクラゲだけではありません。加茂水族館の独自の経営哲学にも館長の揺るがぬ信念が貫かれています。
「水族館は社会教育学的な施設です。しかしその運営には、膨大なエネルギーが消費されます。たとえば、全国の水族館がジンベイザメやシャチのような大型生物を一様に飼い始めたら、どうなるでしょう? 電気や水を大量に使ってお客さんを奪い合い、やがては経営が難しくなるはずです。加茂水族館は低迷期が長く続いたので、大きな水槽を買えなかったのですが、運良くクラゲに出会い、お客さんが喜ぶ姿を見て、大事なことに気付きました。水族館の規模は問題ではない、持続可能な生き残りの道が他にあるはずだと」
「水族館の消費エネルギーを、水量で説明しましょう。加茂水族館のすべての水槽を合わせた水量は、約600トンです。同じ東北圏内には、秋田の男鹿水族館、新潟のマリンピア日本海、仙台のうみの杜水族館等がありますが、いずれも一番大きな水槽が700トン以上の容量です。もっと大きいのは、大阪の海遊館が約5000トン、沖縄の美ら海水族館は約7000トン。つまり、美ら海の一つの水槽に加茂水族館が11個も入ってしまうわけですから、加茂水族館はかなりコンパクトで環境負荷が小さいと言えます。しかも、補助金に頼らない自力の黒字経営です。それでも、日々消費するエネルギーはゼロではありません。その分、自然界にプレッシャーをかけているという思いはあります。だからこそ、私たちなりの活動と社会貢献を通して、自然に対するの理解を深めていかなければいけないと思うのです」


過去から学び、未来に繋げる海ごみの展示

長く続くコロナ禍は、好調に転じた加茂水族館にも影を落としました。人気の様々なイベントやプログラムは中止、肝心なクラゲの解説もできないという予想外の事態に見舞われる中、奥泉館長は再び、大英断を下します。
「子供たちが生き物たちに触って楽しむタッチコーナーを思い切って止めて、海ゴミの展示コーナーに切り替えました。今はもう、平気で海にゴミを投げ捨てるような人は少なくなりましたが、40年前は海岸近くの住人たちが生活ゴミを平気で海に捨てていたし、不法投棄も多くて、海はごみだらけでした。生活の糧になる海は大切だと頭ではわかっていても、日常では雑に扱っている、人間は愚かな生き物です。でも、大勢がその愚かさに気づけば、世の中は少しずつ変わっていきます。実際に、前回の東京オリンピック以降、メディアの力もあって衛生観念が高まり、 “ゴミはゴミ箱に”が当たり前になったように」
「浜に漂着する海ごみの展示を始めたのは、海を粗末に扱ってきた世代としての自戒の念もあり、多くを知った今だからこそ、子供たちへの道徳教育が何より大事と思ったからです。海ごみの啓蒙活動の必要性は気になりながらも、なかなか実行に移すことができなかったのですが、コロナ禍に背中を押されました。新設された海ごみコーナーは、自然物と人工ごみに分け、生き物たちと共存させて展示しています。さらに水槽を2つ使用し、一方には海に廃棄された漁網などを配置。人の手を離れ、ゴミとして存在し続けながら、無差別に生き物を絡め取り、命を奪っていく様子を再現しています。もう一方の水槽ではレジ袋がプカプカと浮きながら永遠に漂い続ける様子を見せているのですが、展示にはクラゲの飼育水槽を用いて、クラゲのような見せ方をしています。私達は一見すればすぐにゴミだと分かっても、生き物たちは違う。その数メートル先にウミガメの水槽がある。レジ袋をクラゲと間違って口にしたウミガメが腸閉塞を起こし、死んでしまうケースも紹介していますので、現実を知った子供たちは大きな衝撃を受けます。その子たちが大人になるにつれ、世の中の意識が変わっていくでしょう。海ごみはなくならないけれど、若い世代を育てながら、我々大人たちも反省し、諦めずにやっていこうと思っています」


人間の本質を理解して、暗部を公にする意義

人間は小さな個の存在です。しかし、集団でごみを捨て続ければ、地球には膨大なプレッシャーがかかります。海を大事に思いながらも雑に扱う人間の矛盾や現代社会の歪みを、奥泉館長は今こそ、明らかにすべきだと言います。
「太古の人々が貝殻などの廃棄物を捨てた跡の貝塚からも分かるように、そういう原始的な感覚のまま、人は何万年も昔からごみを捨て続けてきました。そして、化石燃料を使うようになり、人口も爆発的に増えて、捨てたごみに悩まされることになった。それでも、生活を変えようとしないのは、人間の根源にあるものが動物となんら変わらない、“衝動”によるものだからです。脳で考えることができて、人前では正しく振る舞おうとするのに、個に戻ると悪事も働く。自らを他の動物とは完全に切り離された特別な存在だと勘違いしている。そして、近々の対策を打たなければならないことがあってもすぐには対応できない、人間は生来、利己的でマイナス思考なのかもしれません。でもだからこそ、そもそも人間とは何なのかを紐解く時期に来ているのだと思います。海ごみ問題もきれいごとだけではなく、人間の暗部にも目を向けて公にしないと、また別の形で違う問題に直面することになるでしょう。何もしなければ、人類が生存できなくなるような時代がいつかやって来る。そうならないためにも、一人ひとりの気づきを促したい。子供たちにも道しるべを示しながら、前向きに、ひたすら進んでいきたいのです」

逆境は多くのことを教えてくれます。今あえて、人間の原点に立ち返り、その本質を理解した上で諦めずにやれることをやっていこうと、気づくべき時なのです。

鶴岡市立加茂水族館 館長
奥泉和也
Text by Hisako Iijima
INFORMATION
Plofile
山形県鶴岡市生まれ。子供の頃から釣り好きで、地元の農業高校を卒業後、鶴岡市市立加茂水族館の飼育員に。1997年から始めたクラゲの展示で経営不振による廃館の危機を救い、2012年にはクラゲ展示種数30種類を記録した。2014年に移転リニューアル後は「クラゲドリーム館」の愛称で約60種類を展示。国内外の水族館飼育員の研修も積極的に行い、地域の社会貢献や海洋教育にも尽力している。
山形県鶴岡市今泉字大久保657-1